音の日

好きな音楽、その他趣味のこと

クイーン『We Are the Champion』

今日はQueenWe Are the Champions』について。


アルバム「News Of The World」(邦題:世界に捧ぐ)収録。

この曲は、イギリスのロックバンドQueenが1977年に発表したハードロックです。


「応援ソング」のワールド ハイエスト レベル曲。

40年以上前の作品ですが、Green Dayなど比較的現代的なバンドにもcoverされている為、老若男女、幅広い世代に知られている曲です。

淑やかな入りから、後半にかけてどんどん盛り上げていく構成が、真冬にスープを飲んだ時のようにじわじわとリスナーの胸を温めてくれます。


相変わらずフレディ・マーキュリー(Vo)の歌声は凄い。

基本的にはHRボーカリストなのですが、こういう艶やかなメロディを歌っても、まるでバラード専門シンガーのようにしなやかで情感たっぷりな声で歌いこなしています。

以前、楽器なしのアカペラでこの曲を歌っていた時もあったのですが、鬼気迫る雰囲気で、「やはりこの人はロック界最高水準の歌い手なんだ」と再認識させられました。

その歌声だけでも充分熱いのに、このバックで前述の、前半から少しずつエネルギッシュになっていく展開が重なる事で、楽曲の熱量が倍々式に増加。

作詞・作曲ともにフレディですが、自作の作品だからこそ、自分の声が活かせる曲の作り方を熟知している感があります。

Aメロからサビに入るまでの間の、盛り上がりの「つなぎ」部分の発声は本当に見事。

歌唱力だけじゃなく、彼の表現力も堪能できる作品です。


歌もさることながら、ブライアン・メイ(Gt)のギターも渋い。

正確にはギターソロでは無いのですが、曲間でのフレージングが味わい深くて、ソロじゃないのに歌心を感じられるメロディになっています。

以前、ブライアンは世の他のギタリスト達に対して

「自由であれ、そしてクリエイティヴであれ、でもヴォーカルが台無しになることをしているとしたら、それは間違った立ち位置でプレイしているということ。それを忘れないで欲しい」

と自身のギタリストとしての思想を伝えていた事がありました。

あくまで楽曲のメインはボーカル。演奏陣はそれを引き立てるのが本来の役割、という職人魂に溢れたポリシー。

ここでのプレイも、メロディックで存在感はあるのに、決して無駄に音数が多いわけでは無い。

あくまでバンドとのグルーヴに徹している、一種の謙虚さを感じるところが素晴らしいです。


またギターに限らず、曲自体が全体的にキャッチー。

元々フレディが「サッカーの試合の際に、サポーターが皆で歌える歌を作りたい」という思いのもとに生み出された作品との事。

大勢で歌った時に一体感を味わえるような、壮大ながら親近感のあるメロディこそがこの曲の真骨頂。

スコットランドのセント・アンドリュース大学の研究、および調査で、『「We Will Rock You」と「We Are The Champions」は歴史上、最もキャッチーなポピュラー音楽』に認定された、という話もあるように、極上の親しみやすさを感じさせてくれる曲です。


バラードの美しさと、ロックの骨太さを併せ持つ曲を聴いてみてください。




それでは。






パンテラ『Walk』

今日はPantera『Walk』を聴いた感想を。


アルバム「Vulgar Display of Power」収録。

この曲は、アメリカのHR/HMバンドPanteraが1992年に発表したドゥームメタルです。


パンテラ最高の厚さを誇る曲。

メタル界史上、最重量級の音圧を放つダイムバッグ・ダレル(Gt)のリフが、ノシッ…ノシッ…とした重さで迫ってきます。

「壁」と表現される事もあるリフですが、単純な迫力だけでなく、リスナーにどことなく威厳を感じさせるのは、おそらく軍隊の行進曲を連想させるところ。

リフのパターンはほぼ一定で、それでいて音色に拡がりがある為、聴いていると無意識に感覚がリフに引き込まれていくような錯覚を覚えます。

スラッシュメタルが文字通り「切り裂く」ようなスピード感を売りにしているのなら、このドゥームメタルも文字通りの「迫ってくる死」のような佇まい。

ギザギザした感じではなく、ゾクッとする雰囲気が味のリフです。


また、良い仕事をしているのがヴィニー・ポール(Ds)。

パンテラの曲は基本的にダレルの放つパワフルなサウンドが注視されがちですが、この曲ではドラムの音が非常に濃い。

バスドラムの音のかっこよさはファンの間でもよく話題になるのですが、本作はスネア音のパワーも素晴らしい。

他のパンテラの作品でもヴィニーのスネア音は凄いのですが、この曲はテンポが遅い為、音の1つ1つをじっくり腰を据えて聴けるため、粒立ちが映えるんですよね。

もちろんトリガー使用で音がより力強くなっているのもあるでしょうが、同じくトリガーを使っている他ドラマーでも、ここまで破壊的な音を出せる、強靭なショット力を持った人は希少。

やはりパンテラの本質は、純粋なパワーなんだという事を再認識させてくれる作品です。


スピードではなくパワーで勝負するメタルを聴いてみてください。




それでは。





リンキン・パーク『Numb』

今日はLinkin Park『Numb』を聴いた感想を。


アルバム「Meteora」収録。

この曲は、アメリカのロックバンドLinkin Parkが2003年にリリースしたオルタナティブ・ロックです。


ドロッとした繊細さと、ドシッとした強さも感じさせてくれる曲。

聴きどころはチェスター・ベニントン(Vo)の切なすぎる声。

フルパワーの声の迫力がもの凄いボーカルなのですが、サビでの叫び方など絶妙な声のかすれ方で、本当に芯からの「叫び」がリスナーの胸に響きます。

チェスター自身、中音域のクリアな歌声と高音域のエモーショナルなシャウト声の落差がまるで別人のように激しい事で知られる歌手ですが、この『Numb』ではそのオリジナリティが顕著です。

他のどんなに歌唱力があるボーカルが歌っても、この『Numb』のこの味を出す事は出来ないでしょう。


そして『Numb』、というよりリンキン・パークそのものの本質、鋭利な歌詞。

「君が僕に何を期待しているのかわからない」

「いつもプレッシャーの下に置かれている まるで君の靴で人生を歩かされているようだ」

まるで支配的な親と関わる事に疲れたような歌詞。

実際に親の事を言っているのかは解りませんが、立場が上の人間に簡単には逆らえない無力感、怒りを感じる詞です。

でもそれだけでは終わらなくて

「僕はすっかり何も感じなくなった いまでは君がそこにいることも分からない」

「とても疲れたよ 想っているよりもずっとね」

「けど僕はなりつつある 本当になりたいものに」

「それはより僕らしくて、そして君らしくなくなること」

ロックアーティストらしく、いつまでも腐るわけじゃなく、あくまでも変わってみせる、という気概を示します。

普通ならここで、熱いままロックらしい終わりを迎える流れ。

しかしそこはリンキン・パーク

「わかってる 僕も結局は同じ過ちを犯すだろう」

「でもわかってる 君も僕と同じように」

「誰かからのの期待を裏切ってしまったんだという事を」

よく、親や立場が上の人間から支配的な教育を受けた人は、意図して変えない限り自分の目下の人にも同じような振る舞いをしてしまう、とはいいます。

そして、きっと自分もそうなるのだろう、という、客観的というかニヒリズムさえ感じるフレーズ。

この空しげな怒りの世界観は同じく彼らの代表曲「In the end」にも言える事ですが、キャッチーでダンサブルな曲調だからこそ、陰鬱でシビアな歌詞がリスナーに響きます。

ちなみにこの『Numb』の歌詞は、日本のファンには「自分と職場の上司の事を歌ってるみたい」と感じる人が多いもよう。

特に日本は高圧的な上司がはびこるブラック企業が多いと言われるように、上下の人間関係に悩む人が多い国。

現在は、並のラブソングよりも、こういう「命令/服従」に悩む主人公をテーマにした作品の方が受ける時代が始まっているのかもしれませんね。


激しいサウンド、なのにバラードのような美しさを持つ曲を聴いてみてください。



それでは。




トリヴィアム『A Gunshot To The Head Of Trepidation』

今日はTriviumの『A Gunshot To The Head Of Trepidation』について。

アルバム「Ascendancy」収録。

この曲は、アメリカのHR/HMバンドTriviumが2005年に発表したメタルコアです。


とても華のあるコア曲。

この曲の主菜は、やはりコリー・ビューリー(Gt)の超エキサイティングなギターソロ。

ソロ入り部分の、メタルおなじみの半音ずつ降下していく流れのメロディは、古参のメタルファンにとっては涎垂もの。

進行やメロディセンスにデス、スラッシュ界の大御所アーチ・エネミーへのリスペクトを感じます。


また、強い存在感を放つのがマシュー・キイチ・ヒーフィー(Vo,Gt)のボーカル。

本作のボーカルプレイは基本的にデスボイスで構成されているのですが、キメ所では美しいベルカントボイス。

さっきのコリーのギターソロはデスメタルの王道的構造だったのと対称的に、こういうデスボイスの直後になめらかな歌声、のような表現は、どちらかというと現代的な表現法。

昔のメタルの良いところと、現代のメタルのいいところを織り混ぜるのは、トリヴィアムの十八番ですが、本作でもそのセンスが遺憾なく発揮されています。


そして好きなのはトラヴィス・スミス(Ds)のドラム。

バスドラがスピーディー&変則的で、プログレ的トリッキーさを演出 。

もともと上半身の手数、バスドラのテクニックに定評があるドラマーですが、本作では特にバスドラムのテクニック光ります。

現在では脱退してしまいましたが、後任のドラマーニックが更に脱退した時は、トリヴィアムのFacebookに「俺まだやれるよ」と冗談めかしてコメントするなど、今も仲が悪いわけではないもよう。

そのコメントに対してメンバーの返信が、ムスッとした可愛い猫の顔画像つきで「断る!」だったのが面白かったです。笑

これだけアクティブなドラムが叩けるのに、トラヴィスの脱退理由は他メンバーいわく「技術的な問題」との事。

個人的にはトリッキー&攻撃的でかっこいいドラマーだと思うのですが、その一方で一部のファンからは「ライブ後半だとスタミナが切れるのか、音圧が下がる時がある」などと厳しめの意見も。

賛否はありますが、この作品における彼のプレイは間違いなく素晴らしいプレイだと思うので、いずれ戻ってきてこの『A Gunshot To The Head Of Trepidation』を演奏する彼の姿が見たいと思います。

メタルコア界で名を馳せた彼のキックが楽しめる曲です。


野性的ながら格式高いコアを聴いてみてください。



それでは。





米津玄師『馬と鹿』

今日は米津玄師『馬と鹿』について。


この曲は、日本のソロアーティスト米津玄師が2019年にリリースしたポップロックです。

ラグビーワールドカップ2019テーマソング。

また、大泉洋松たか子高橋光臣が出演した事でも知られるドラマ「ノーサイド・ゲーム」の主題歌としても有名。


摩訶不思議な曲。

これと似たものをほとんど聴いた事がない、というほど独特なメロディで、聴き手を未開の空間に連れ去っていきます。


特徴的なのは、転調の多用。

転調と言えば、有名なのはTHE ALFEE
海外では、ジャンルは違いますがブラジルのエルメート・パスコアールなど他にも名手はいます。

しかし米津玄師の場合、メロディがダークの為、聴いているとまるで、アーティスティックなノイローゼもでも言うべき異色感をリスナーに感じさせるところが印象的。

実は、有名な「海の幽霊」の作曲直後で、精神的に疲労困憊の状態の時に作った曲。

本人いわく燃え尽き症候群のようになってしまい、「頭がおかしくなった」感じが出ていると自己評価していましたが、本作もそれこそ海の底をさまよっているような深淵さを漂わせています。

こうしたファンタジックな作曲傾向は、ニコニコ動画で「ハチP」名義で作品投稿していた頃からみられましたが、この『馬と鹿』はそれを一層濃縮したような、「米津っぽい」曲。

しかしただダークなだけじゃなく、ポップなリズムが緩和材となり、ミステリアスであっても不気味ではないところが、美しい配合比率です。


緩和材と言えば、歌詞はとてもピュア。

「呼べよ 花の名前をただ一つだけ」

「歪んで傷だらけの春」

ここでの「花」とはおそらくラグビー日本代表のエンブレムの桜。

元々、この曲自体、米津が「主人公が逆境の中を進んでいく様をどうにか音楽にできないかと探った末にできた曲」と語るように、困難と戦うラグビープライヤーをテーマにした作品。

「歪んで傷だらけの春」は、激しいプレイで、桜のエンブレムがぐしゃぐしゃになったユニフォームの事を指しているようですが、いつもアンニュイな米津玄師がこんな熱い歌詞を書いたのかと思うと、ギャップが面白いですよね。

一見すればドロドロしていて、コアな層にのみ受けそうな作風。

にも関わらずチャート上位に食い込む事が出来るのは、一般の人にも伝わる、温かさのような一面も持っているからなのかもしれません。

以前共演した、「Foorin」のもえのから、「クールな方かと思っていたら、すごく優しい方だった」と評された、彼の人柄が垣間見える楽曲です。


退廃的なホスピタリティーを感じる事が出来る曲を聴いてみてください。



それでは。





ミッシェル・ガン・エレファント『世界の終わり』

今日はミッシェル・ガン・エレファント『世界の終わり』を聴いた感想を。


この曲は日本のロックバンド、ミッシェル・ガン・エレファントが1996年にリリースしたパンクロックです。

日本的パンクの良さが詰まった曲。

彼らの記念すべきメジャーデビュー作であり、代表作でもあります。


「世界の終わりが そこで見てるよと」
「紅茶飲み干して 君は静かに待つ」
「パンを焼きながら 待ち焦がれてる」
「やってくる時を 待ち焦がれてる」

意味深でありながら、一見すると読解が難しい詞。

どうやら村上春樹SF小説世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の内容をオマージュしたもの。

春樹小説特有の、ロジカルながら情感的な部分を、綺麗な言葉で表しています。


チバユウスケ(Vo)の声も良い。

よくファンの間でも話題になる超ハスキーボイス。

『世界の終わり』自体は割とポップ成分が強い曲ですが、それでもかなりハードに聴こえるのは彼の声の力が大きい。

声だけでロックを表現できる稀有な歌い手です。


そしてミッシェル・ガン・エレファント名物、アベフトシ(Gt)のカッティング。

言葉の通り、まるで音を切断しまくるような刻みの音を、ジャカジャカジャカジャカと響かせてくれます。

カッティングは、ポップ、ファンク、ヒップホップなど、数多くのジャンルの音楽で使用できる、汎用性の高い技術。

その為カッティングが上手いギタリストは、半端に速弾きが得意なギタリストより需要がある、と言いますが、そのスキルをここまで使いこなすアベフトシは、やはりミッシェル・ガン・エレファントを際立たせるメンバーの1人。

彼自身はドクター・フィールグッドウィルコ・ジョンソンの影響を受けている事を公言していますが、この音の切れ味、メリハリはまさにウィルコのプレイのよう。

リフ1つで、ここまでの存在感を発揮できるところには尊敬の念すら抱きます。

惜しくも病で、42歳の若さで亡くなっていましたが、それから10年以上経過した現在でも、彼に憧れてギターを手にする若手ギタリストは数多い。

ミュージシャンはデビューしても2~3年で飽きられ忘れられてしまう人もいますが、舞台に立たなくなって10年以上経って、未だ支持されるアベフトシは、きっとミュージシャンとして本物。

亡くなってしまったのは寂しいですが、彼のスケールの大きさが解る真実でもあります。

かっこよく、それでいて偉大なプレイヤーです。


素晴らしいプレイヤーが奏でるメロディにのる、知的な詞の曲を聴いてみてください。



それでは。





ディープ・パープル「Black Night」

今日はDeep Purple『Black Night』について。


この曲は、イギリスのHR/HMバンドDeep Purpleが1970年に発表したハード・ロックです。


パープルのグルーヴを感じられる曲。

解りやすい凄さではないのですが、いわゆる大人なハードロックで、素朴な古参のクールさを味わえる内容になっています。

イントロから、いきなりドラム、ベース、ギターによるコンビネーションがインパクト大。


リッチー・ブラックモア(Gt)のリフのかっこ良さは言わずもがな。

イントロと、その後ではリフの構造が違うのですが、後者はシャッフル。

別名「バウンス」とも呼ばれる奏法なだけあり、跳ね回るようなビートでリスナーを翻弄してくれます。


そしてイアン・ペイス(Ds)のドラム。

イアン自身、メタリカの名ドラマー、ラーズ・ウルリッヒが「憧れるドラマー」として名を上げる生きる伝説ですが、「ドパパパッ!」と切れ味鋭いショットを聴いていると、まるで1つのメインメロディのような存在感を放ちます。

特にリフの後の連打は、本作のキメ。

単純な速さではデスメタルのブラストビートほどではないのですが、音の粒が美しく、プレイ自体もドラム演奏とは思えないほど流麗。

なめらかで情緒、厚みを楽しめるプレイです。

イアン自身、尊敬するドラマーに、ジャズドラマー界のカリスマ「ジーン・クルーパ」を挙げていて、

「幼い頃、TVで彼を見てあこがれた。見た目も、幻想的なスティック捌きも。
当時はドラマーに、というよりはジーンクルーパーになりたかったよ。」

とドラムセミナーで語っていましたが、細かいプレイをしてもシンプルなプレイをしてもタイトで存在感のあるイアンのプレイスタイルは、まさにロック界のジーン・ドラミング。

偉大なプレイヤーは、またそれ以前の偉大なプレイヤーの後を引き継ぐように生み出されるのだ、という事を実感させてくれる演奏です。

音楽の歴史が生み出した、洗練された構成の作品ではないでしょうか。

ハードロックでありながら、イギリスのヒットチャートで2位、日本においても異例の売り上げを記録した曲を聴いてみてください。




それでは。